軌跡と描く未来
【無の会の軌跡】
自然農法無の会は、より豊かな自然を次世代に繋ぐことを目標に、2005年に設立されました。
設立のきっかけは、1980年代後半に遡ります。
日本全国でリゾート開発のブームが巻き起こっていたころ、その波は会津の山間部まで押し寄せました。山間部に広がる宏大なブナの森林をバッサリと切り拓いて大規模リゾートに変える計画が立ち上がったのです。
町が国から補助金をもらい、大手建設会社との契約も済ませ、ついに工事が始まろうとしていた頃、一部の町民が、世界的にも希少で会津の自然循環において極めて重要な機能を持つブナの森林を保護するために、リゾート開発大反対運動を始めます。このとき、反対運動の資金調達に奔走したのが、のちに「無の会」を創業する児島徳夫です。「今起こってるリゾート開発はバブル期特有の一時的なブームでしかない。でも、それによって失われる自然は戻ってこない」。本能的にそう直感した児島は、地元の自然を愛する仲間と共に精力的に活動した結果、住民投票によって会津におけるリゾート開発計画は中止となります。この活動をきっかけに環境問題への知識を深めていった児島は、現代の慣行農業が及ぼす環境破壊の影響に気がつきます。農薬、除草剤、化学肥料の多量投与で自然の生態系が大きく崩され、人の心身へも被害が及んでいることが分かってきたのです。「もっと自然に即した農業の在り方を形にしなくてはならない」。その想いを追いかけて、当時、本業であった県立高校の英語教員を務めながら、科学的にも世間的にも未知の分野であった無農薬・無化学肥料の稲作を手探りではじめたのです。それから10年の歳月をかけて有機栽培への理解が深まったのち、児島が設立したのが「自然農法 無の会」です。
【なぜ“無の会”なのか】
無の会と言うと宗教のような響きがありますが、そうではありません。
これからの時代、あらゆるプレーヤーが不足していく田舎で暮らし、農業を営み続けるためには、ただ環境にやさしい農業を続けているだけでは、町の衰退に合わせてゆっくりと沈んでいくことが目に見えています。
設立当初から、「ただ農業だけをする会社になっては本質的な問題解決にはならない」。そう直感していた代表児島は、豊かな暮らしと農業生産を続けていくために必要なこと全てに取り組む、カタチにとらわれない団体になることを夢見て、「“無”の“会”」と名付けました。
【描く未来】
『日本各地で地域分散型の循環農法が当たり前に取り組まれている未来』
『人が自然を心から尊重し、より豊かな自然が次世代へと受け継がれてゆく未来』
『地方が若者で活気づき、暮らしや文化が大切に受け継がれている未来』
私たちはこんな未来の実現を目指します。そのために、次の2つのミッションを定め、日々活動しています。
- 中規模農家のロールモデルになる:逆風に晒され続ける米農家の未来を切り開くため、そして次世代により豊かな自然を残すために、無の会は未来の中規模・有機米農家のロールモデルとなることを目指します。
- 次の時代を担う人が集う場になる:農業に限らず、地域産業や文化を支える人材が育つためには、志ある若者が自由に試行錯誤できる環境がなくてはならないと、私たちは考えます。