【私の無の思想】by 児島徳夫

【私の無の思想】by 児島徳夫

無の会便り12月号の裏面コラムです。

会津の作柄は、ここ数年ひどいものです。酷暑と水不足、稲ばかりか、果樹や野菜も、同様でした。人々は、その原因の多くを気候によるものと考え、いわゆる「天災」としています。しかし、本当にその原因を気候のみに帰していいものでしょうか。
 現在も、地球の気候は、確実に過去経験しなかった変動を起こしております。この会津の片田舎にいても、肌で実感できるようになりました。熱帯を想わせるスコールのような雨、酷暑、干ばつなどが年ごとに増加しております。

私たちは、農薬と化学肥料を基礎とした今までの農業技術体系では、対処できなくなりつつあります。なぜでしょう。地上の気候の大変動が、土壌の中でも起こりつつあります。長年の化学肥料と農薬の使用による土の劣化、具体的には土が固くなり、土と作物と共生関係にあった微生物が貧弱化し、無機化し、温暖化の影響をストレイトに受けやすくなっているのです。
人間に例えれば、もっとわかりやすくなると思います。私たちは病気を引き起こす悪い菌やウイルスを悪として、ただ消毒し殺し、健康を守っています。人を守ってくれていた、いわゆる「善玉菌」も少なくなり、免疫機能が低下し、ますます薬に頼らざるを得ない状況になっているのです。人間の都合だけで、一時的に「善悪」を決めるのはなく、役に立つもの、役に立たないものをふくめてあらゆるものに意味があることを意識しなければならないと思います。特に人が作り出したものはさておき、生命が宿す神秘な自然(動植物を含めて)が作り出したエコシステムは、人間が計り知れない微妙なバランスから成り立っております。食べ物、肥料、薬、消毒、すべてにおいて「ほどほど」にしておくことです。

私は、現在の科学を基礎とした農業技術の否定、また有機農法の礼賛者でもありません。現代科学の限界をよく認識し、この大自然が作り出したメカニズムにもっと敬意を払い、長期的な視野に立って考えなければならないと思うのです。作物が行う光合成による有機物の生産、この精妙なメカニズム、100年かけても1cm程度しか増えない腐植層、数%しかわからない土の複雑な微生物群、どれをとっても、現代の科学ではわからないことばかりです。 私たち会津の農民は「古きを訪ねて新しきを知る」ことです。三百数十年まえ、会津の佐瀬与次衛門が「会津農書」で著していることはとても参考になります。その底流に流れるものは何か、それは、自然の摂理の偉大さとそれに対する敬意であり、農民自らが観察し、自然に学んで懸命に実践する姿勢です。

機械化が進んだこの時代に生きる私たちは、ただ昔の真似をするのではなく、農書などから抽出したエッセンスを、機械を活用して実現することができます。ただ「昔は良かった」と懐古して、昔の真似をすることは最善ではないかもしれません。昔はここまで酸性雨が降らなかったでしょうし、肥料として活用できる有機物の種類も違っていたでしょう。
本や頭の中にある理論をどのように現場に当てはめて実践していくのか。その探求を続けられることこそ、農業の楽しみであり、続けるための原動力です。

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